麻疹
麻疹は麻疹感染者からの咳と共に出る麻疹ウイルスを含んだ飛沫や空気中に浮遊する飛沫核を介して感染します。潜伏期は10〜12日で38℃程の発熱が2〜4日間続き、倦怠感、不機嫌、上気道炎症状(咳、鼻汁)と結膜炎症状(眼の結膜充血、眼脂)が現れ、次第に増強します。また、乳幼児では下痢も伴いやすくなります。
38℃程で続いていた発熱が約半日間、1 ℃程度下降した後、再び高熱(多くは39.5 ℃以上)になり(2峰性発熱)、紅色の発疹が耳後部、頚部、前額部から出現し、翌日には顔面、体幹部、上腕におよび、2 日後には四肢末端にまで拡大していきます。発疹は初期には鮮紅色扁平ですが、病気の進行に伴い、徐々に皮膚面より隆起し、発疹どうしが融合して不整形斑状となります。発疹は次いで暗赤色となり色素沈着を残し、出現順序に従って退色します。発疹が全身に広がるまで、発熱(39.5 ℃以上)が3〜4日間続きます。発疹の出現後には咳、鼻汁、眼脂、不機嫌などの症状も強くなりますが、合併症のないかぎり7〜10 日後には全て回復し、治癒します。発疹出現の1〜2 日前頃に頬粘膜の臼歯対面に、やや隆起し紅色粘膜に囲まれた約1mm 径の白色小斑点(コプリック斑)が出現するのが特徴とされています。口腔粘膜は強く発赤します。麻疹ウイルスは麻疹患者の発疹が出現する2〜4日前から発疹出現後2〜3日までが他人への強い感染力を示します。
1、合併症
肺炎や中耳炎といった細菌性二次感染の合併症が多く認められます。肺炎は発疹が全て出現し、解熱するはずの時期になっても解熱せず呼吸器症状が強い場合に疑います。中耳炎は麻疹患者の約5 〜15%にみられる最も多い合併症の一つで、細菌の二次感染によって生じます。中枢神経系合併症としては、発疹出現後2〜6日頃に1,000例に0.5〜1例の割合で脳炎を合併するとされています。脳炎症例の約60%は完全に回復しますが、20〜40%に中枢神経系の後遺症(精神発達遅滞、痙攣、行動異常、運動麻痺)を残しますし、致死率は約15%とされています。亜急性硬化性全脳炎(SSPE)も生じ、この病気は麻疹ウイルスに感染後数年で発症し、特に学童期に発症することのある中枢神経疾患で、知能障害、運動障害が徐々に進行し、不随意運動(ミオクローヌ)などの症状を示す疾患です。発症から平均6〜9カ月で死の転帰をとるとされ、進行性の予後不良疾患です。亜急性硬化性全脳炎の患者の内70%が1歳までに麻疹に罹患しています。発生頻度は、麻疹罹患者10万例に1人、発生率は少なくなりますが、麻疹ワクチン接種者にも生じ100万人に1人とされています。
2、治療と予防
特異的治療法はなく、発熱や咳などに対する対症療法が中心となります。麻疹ワクチンで感染を予防することが可能で、1回接種で95%以上の子に免疫を獲得させることが出来るとされています。麻疹は重症化しやすく、治療方法もありませんのでワクチンによる予防が最も重要となります。
3、ワクチンの効果と対応
2001年の全国的な麻疹の流行後から、1歳児での麻疹ワクチンの接種率が向上し、麻疹に罹患する子が少なくなってきています。ワクチンで感染を予防する事は麻疹のような重症化しやすい疾患の場合は良いことですが、ただワクチンの効果はそれほど長期間続くわけではなく、麻疹ウイルスとの接触がなければ10数年程度で消失する可能性があります。このため、自然麻疹罹患者が少なくなった現在の若い成人では1歳の頃に接種したワクチンの免疫力(抗体)は経年的に減衰してきていますので、感染予防力が現時点まで続いているとは断定できません。最近では麻疹ワクチンを接種していなかったり、1歳でワクチン接種を受けた10歳代後半から20歳代前半の大学生や成人の麻疹感染例の報告が多くなっていることを考えると、ワクチン効果の減衰が危険なレベルまで達しており、麻疹の感受性者の割合が10代後半から20代前半の世代で高くなっていると考えられます。これらの世代に対する麻疹予防が必要であるとのことで、2008年4月から5年間という一定の期間の予定で中学1年生と高校3年生へ麻疹・風疹混合ワクチンの接種が公費で行われます。また、ワクチン接種が1回では麻疹予防効果が長く続かず、麻疹の流行を阻止できないということで、麻疹の定期予防接種は2006年4月から麻疹・風疹混合ワクチンを導入し、1歳と小学校入学前の2回接種に切り替えられています。これは、麻疹予防効果を長期間続くようにする以外にも、麻疹ワクチンと同時に風疹ワクチンを接種することで、妊娠可能年齢の女性での風疹予防も同時に行い、風疹の流行を抑えると共に若い女性に風疹免疫を獲得してもらうことによって、妊娠初期での風疹感染症を予防して先天性風疹症候群(先天性心疾患、視力障害、聴力障害)の子どもの出生を少なくする事も目標にしています。
今までは母親となる若い女性での麻疹抗体価(免疫力の強さ)は十分高かったため、麻疹は親からの免疫力がなくなる乳児期後半から幼児期に感染することが多く、1歳になってからのワクチン接種を行えば麻疹の感染はほぼ予防できたので問題とはならなかったのですが、現在の母親となる成人女子では麻疹抗体の保有状況は十分ではないため、母親から児へ妊娠後期に移行する麻疹抗体は十分ではなく、新生児や乳児期前半でも感染する可能性が出てきています。
乳児への麻疹感染をなるべく早期から予防するために、ワクチンをなるべく早期に接種したいのですが、ワクチンを接種する場合に乳児に母体由来の麻疹抗体(母親から出産前にもらった麻疹への免疫力)があると、接種した麻疹ワクチンウイルスの増殖が十分に生じず、ワクチンの効果が出ない可能性あります。このため、母体由来の抗体がほぼ消失したと考えられる生後1歳以降の児に公費による麻疹ワクチン接種を行っています。麻疹ワクチン接種は、麻疹に罹患した場合の重症度、感染力の強さから考えると、1歳の接種年齢に達した後なるべく速やかに麻疹・風疹混合ワクチンでの接種が望まれます(1歳のお誕生日に麻疹ワクチンのプレゼントをして下さいというキャンペーン)。例えば、ポリオ接種などよりも優先されるべきです。生後6か月以降は母親由来の免疫が減弱するため、麻疹流行期や保育園などで集団生活をしている場合は、緊急避難的に1歳以前(生後9〜10か月以降)にワクチンを接種する選択もありますが、この場合の接種は定期接種ではなく、任意接種(自費)で実施することになり、その後1 歳以降に公費の定期接種としての再接種をする必要性があります。その理由としては、乳児期後期まで母親からの移行抗体(抵抗力)が持続している場合があり、その場合はワクチンウイルスが母親の免疫で中和されて発育できなくなってしまうため、十分な免疫力が産生されない可能性があるためです。
|